2016年12月20日

周南冬のツリーまつりC

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3、平成11.12年度(橋本会長)
 本格的に青空公園での展開が本格的に始動。どうしても青空公園での実施を理解いただこうと 当時委員長は毎日早朝、自主的に掃除をされていた。(誰も知らない事ながら、この思いが今につながっているのは確か)親会との打ち合わせも真剣勝負さながらの激論だった。皆  盛り上げていこうと熱い想いが満載。駅ビル屋上からのレーザーショー、駅前ロータリーでのスカイダンサーショー等 あらゆる演出もチャレンジした。LEDイルミネーションが全国各地で施され、注目され始めた。この頃 LEDイルミネーションが全国各地で施された。都会的な雰囲気を醸し出すLED。七色の電球はいかにも昭和に見え始めた。アンケートを集めて皆の声として、LED装飾にしようと、いろんな商業施設等でアンケートを実施した。
4、平成13・14年(池田会長)
 青空公園会場が本格的に中心会場となり。御幸通りとの行き来が盛んになる。「線:から「面」への形ができてきた。その間のPH通り、商店街でのイベントも活発に展開され始めた。青年団、各種団体との協働も盛んに展開され始めた。当時 きらら博で大人気の「きらら元気伝説」をステージパフォーマンスで展開、あの感動が蘇った。
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2016年12月15日

周南冬のツリーまつりB

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1、 平成7.8年度(木村会長・現周南市長)
それまでは イルミネーションも集中イベント(23日)も御幸通りのみの開催だった。
現郵便局前にステージが組まれ、各種ステージショーが開催された。この頃より「御幸通り」のみの開催から、商店街・さらには 青空公園への「線」から「面」へ展開すべく試みが始まった。
・ステージ位置も現在のロータリー前に移し、通りの両脇にヒマラヤスギのイルミネーションを眺めるロケーションとなる。

2、 平成9・10年度(田中会長)
 青友会会員が扮する100人のサンタクロース、アベックで鳴らすと幸せになるだろう「伝説の鐘」、今では名物となった「音と花火の特効ショー」、はこの時生まれた。途中 お客さんと同じ目線でのイベントを試み、ステージなしの年もあった。イベントのエンディング演出として、県道北の児玉公園で打ち上げ花火を実施。様々なチャレンジ企画を実施する。この頃 「線:御幸通り」から「面:商店街」への始まりがあり、さらなら 広がりとして「青空公園」への実施を試みる。


posted by Pちゃん at 08:21| 山口 ☔| Comment(0) | 周南冬のツリーまつり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月13日

周南冬のツリーまつりA

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A期間中のイルミネーションツリーの電飾から全体の概要決定等は主催の徳山商工会議所が実施される。そして期間中のイベント企画運行は主管の徳山商工会議所青年部(青友会)が担当してる。
この体制が徐々に動き始めたのが 平成1.2年 青友会会長が岡本氏の頃からと聞く。
そして 平成5.6年 高橋会長の時に 当方は当会に入会させていただいた。 今 思うと 丁度 20年少し前のことだ。その時には こんなに長く「周南冬のツリーまつり」の傍にいるとは思わなかった。
以降 皆とともにツリーまつりを変えていった経緯を書きとめてみたい。(平成7〜16年度)

1、平成7.8年度(木村会長・周南市市長)
2、平成9.10年度(田中会長)
3、平成11.12年度(橋本会長)
4、平成13.14年度(池田会長)
5、平成15年度(青木会長)平成16年度(山田会長)

青友会は卒会させていただき、間接的なサポートとなったが、今も懸命に企画運行している現役会員の姿を見るにあたり、つい数年前の自分を見るようで、いまだにワクワク感が湧き上がる。
次回からは 平成7・8年度からの項目を思い出しながら。。。
posted by Pちゃん at 08:00| 山口 ☁| Comment(0) | 周南冬のツリーまつり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする